私が参加している戦時下の現在を考える講座として、茨城県の外国人「通報報奨金制度」に対する抗議声明を出しました。
茨城県の外国人「通報報奨金制度」に対する抗議声明
大井川茨城県知事と茨城県は外国人に対する「通報報奨金制度」をつくるな。茨城県を相互監視の息苦しい街にするな。
今月十八日、茨城県は「外国人」の「不法就労」に対する「通報報奨金制度」を来年度に創設すると発表した。様々な事情により法に沿っていない状態だからと言って単純に「不法」と判断できるのか。ましてや犯罪者扱いしていいのか。いいわけがない。
この制度は市民がほかの市民を監視し、自治体に通報する制度である。市民から通報を受けた県は担当者が調査をし、不法就労が疑われる場合は警察に通報する。警察による摘発につながった場合はもとの通報者に報奨金が支払われるという。隣人を監視し通報することを密告と呼ぶ。密告に倫理はない。隣人を気に入らないと思えば根拠なく密告するようになっていく。
まず、この制度は市民が「不法就労」している「外国人」を県に通報する制度である。市民はどうやって隣人を「外国人」と判断するのだろうか。見た目や言葉からだろうか。当たり前だが外見や言葉で国籍は分からない。市民はどうやって隣人は「不法就労」していると判断するのだろうか。当たり前だが、外見や言葉で「不法」か否かは分からない。しかし外見や言葉の印象だけで通報は出来てしまう。それは差別にほかならない。
つぎに、多くの外国人がすでに私たちの社会の一員であり隣人である。私たちの社会は数多くの外国人が様々な場所で働くことで成り立っている。彼らがいなければ私たちの社会は回らない。隣人である彼ら外国人を一方的に「不法」と決めつけて密告する制度を新設しようとしている茨城県は、私たちの社会を破壊したいのだろうか。
さらに、監視対象が特定の属性に止まらないのは歴史の教えるところだ。障害の有無、性的指向、宗教、思想と監視すべき属性は拡がっていく。その先にあるのは市民が相互に監視し合う社会だ。現在でも様々な国や地域でそれは起きているし、私たちの国も一九四五年以前はそうした社会だった。茨城県はその歴史を繰り返したいのか。
この数年で外国人差別は急速に強まった。この国で暮らす外国人は、今では怯えて暮らしている。参政党を初めとして多くの政党は差別的な政策を公然と掲げている。そうした中で茨城県が都道府県単位で初めて「外国人密告制度」を行うことの意味はとても大きい。それは、茨城県は全国に先がけて差別・排外主義に基づく街づくりを行うと宣言するに等しい。行政が率先してそんなことをすれば、社会がどうなるのかはトランプ大統領のいるアメリカを見ればわかる。それに私たちの住むこの国では、百年と少し前に民衆が外国人を虐殺した歴史を持っている。茨城県はそれを繰り返したいのか。
高市政権は民主主義を破壊し、議会を軽視した独裁と呼んで構わないような政策を急速に行いだした。大井川茨城県知事はその姿勢を見習ったのだろう。あまり知られていないが大井川知事は「西の斎藤、東の大井川」と称され、思い付きの政策を振り回し部下をパワハラによって何人も死に追いやっている人物である。都道府県レベルで初めて救急車の有料化を行い、市民の救急車利用を制限させる方向に舵を切ったことを効率化と考えるような人物である。「外国人密告制度」を思いつき、政権の意に沿い時流におもねった政策を考えついて大井川知事は小躍りしたろうが、私たちはその先にある相互監視を拒否する。虐殺も拒否する。大井川知事は茨城県を自分の王国と妄想しているかもしれないが、私たちは知事の操り人形でも臣民でもない。それとも大井川知事は自身の在任期間中、息苦しく生命の危険さえある県として全国都道府県魅力ランキングの最下位を独走する決意を固めたのだろうか。
大井川茨城県知事と茨城県は「外国人密告制度」をつくるな!差別そのものの制度をつくるな!虐殺を引き起こしかねない制度をつくるな!相互監視の息苦しい街づくりをするな!
二〇二六年二月二十三日
戦時下の現在を考える講座



